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ソフトテニス界の放浪詩人アゴイ!のブログです。
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町主催英語サマーキャンプ始まる。
サマーキャンプ歓迎会08 001その2
炎熱の中の歓迎会風景。サマーキャンプ歓迎会08 002その2
 (ソフトテニスを遠く離れて)
 「あの戦争を遠く離れて」というドキュメンタリーを読みました。それをもじっての中見出し。
なんでアゴイ!のガーデンにアメリカ人がいるかというと、7/20町を上げて歓迎会なのです。コートはリニューアル中、同じ日に県民体育祭の審判講習が開かれ、出席要請が来ているのに、このパーテイのお世話で、忙殺されもちろん欠席、もうソフトテニス界から放逐されるかも。

 画像には写っていませんが、このほかに40名の参加で、町主催の英語サマーキャンプ講師陣(アイダホ州立大学日本語学科コースの面々)の歓迎会を光栄にも、このように我が家でやりました。

 (19歳の若者預かる)
 建築士志望の学生、コナー氏(上の画像右から2番目)を預かりました。昨夜は簡単ギャンブルに連れ出し、次は何か悪いことを教えて、日本びいきになってもらおうとの魂胆なのですが、連れ合いが厳しく監視しています。
 いやはや、19歳にしてはさすがしっかりしています。日常会話は日本語で大丈夫。理解が速いのに驚きます。
 今日は電子辞書を借りてきました。私もホストファミリー生活を楽しんでいます。


 
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【2008/07/22 18:08】 | 刺激的な日常生活 | トラックバック(0) | コメント(4)
東京よさらば、孫こんにちは、アイダホの若者9人いらっしゃい。
080627東京 沖縄料理店
画像は6月28日夜東京浅草橋某所にて友人たちとの交流会(全部学校の先生、現役、元も)。沖縄料理店。

(余命1年半)
 お元気ですか?体調はいかがですが?私が心臓手術を2回もしていることを知っている友人たちはひさしぶりに会ったとき必ず聞いてくれる。ありがたいものだ。相手にもよるが、ふざけて「余命1年半とか、余命30分」とかこたえる。
 1年半は定年までがそうなので、その答の後「退職金を枕元に積ませて葬式をする。」と続く。

 30分は、宴席で横の女性から聞かれたときに、そう答える。「もうこの宴で終わりなので、手を握っていて欲しい。」とセクハラ行為を行うのである。たいてい相手から手を叩かれるのがオチ、、、。

 実際、私が医者から余命何日と言われたら、どうするだろう。ジタバタしないだろうと思う。やりたいことをやり、したいことをし、言いたいことを言ってきたから。(と言いきることができたらな、、、。)

(実際は身体の脈動との対話)

 誰だってそうだが、余命なんてわからん。とりあえず身体の故障を心配する必要のない人でも、事故と言うことがあり、災害と言うこともある。

 自分もそうだ。実際はこの脈動はいつまで続くか。と思う瞬間もある。特に私は脈動、拍動というものに敏感である。これは運命と思い受け入れる、それが正に障害であるから。他の多くの障害者と同じ苦しみであるから、受容しそれと共生あるのみである。

 「健康な肉体に健康な精神が宿る(ギリシャ哲学)」という、高校時代に習ったことが、今は否定されている。そのとおりだ。私は健康でもない(2ヶ月に1回検診を受け、薬を毎日6種類飲む)が、精神は常に前向きである。ソフトテニスをやり、自動車も運転し、旅行もする。そのような人は世間に山ほどいる。
 
(本題)
 今回チヨコさんたちとの会話と宴は、思わぬ面を私にもたらした。これまで酒は飲めないものと思っていたが、飲めるようになったと言うことだ。手術後、ずっと宴席ではコップ半分のビールで酔いがまわり、翌日の気分の悪さがあったが、生中2杯、2次会でも1杯飲めた。翌日も夜は画像の交流会、そしてさらに翌日も、昼間の宴席があり飲めた。

 ありがとう、みなさん。

(孫来る)
 二人目の孫のお披露目もあって、暑い中、四国松山から息子ファミリーが来た。7ヶ月と、3歳10ヶ月の女の子。そりゃあ目に入れても痛くない。(実際入れたらDVだが)
 
(そして9名のアメリカ人が本日来る)
 母高校がつぶされようとしているのに抗して、英語による国際科設置をめざして、チヨコさんそっくりな母校卒業生が、アイダホ州立大学、日本語学科の学生さんを連れて私の町にホームステイである(私も一人預かる)。彼女は州立大の講師。
 で、私の家で歓迎会。主催は町教委なのに、主管は私の所属するインターネットコミュニテイの仲間。さててんやわんやの準備作業。平天幕に、パラソル、大小6個。焼き肉用のテーブル3台、イス、お客50名。町長に県議会議員まで来て、おまけにマスコミも当然来る。連れ合いはテレビが来ると聞いて大あわて。
 明日から、サマーキャンプと銘打って、中学校のエアコンの効く広間で、町内の小中高生60名と2週間の英語による講習会とレクレーション。最後の日はこちらからアメリカに行く3名の高校生の壮行会を兼ねて、再び私の家でパーテイ。
 
 このことはまたレポートします。ではまた。
【2008/07/20 07:00】 | 刺激的な日常生活 | トラックバック(0) | コメント(0)
東京行き3日間その3 迷子編
080627東京 謀議

 新宿の街頭で談笑するブリッジメンバー

(祝賀会、激励会、壮行会)
 ご存知、ぴーさんの全日本マスターズ高知大会代表権獲得は、ソフトテニスチャレンジイベント成功につぐ今年のビッグニュース。慶事であります。

 激励壮行の宴を張りたいと、チヨコさんに連絡すると、話が出来上がり、新宿某所にて、会開催。

(迷子になる)

 さて、会いたい人とも新宿駅で別れて、さてあと開会まで2時間半。
 東口に出て、いわゆる歌舞伎町などぶらぶら。なんで人間がこんなに多いのだろう。ある建物の中に入ったら、出口の方向をまちがい、歩いていると、どんどん知らず知らず駅から遠ざかると言うことになった。

 宴の場所は西口方面である。

 気づいた時は開会30分前。いかん!すみません、新宿駅はこっちですか?と2回尋ねる。

 駅にやっとついたはよいが、今度は西口に行く方向がわからない。もちろん、案内標識を見ているのだが同じところを二度通った。サハラ砂漠じゃあるまいし、雪原で霧にまかれたワケではあるまいし、この用意周到な?私としたことがなんという失態。
 
 やっと、西口のおなじみの風景を見てホッとして、ぴーさんに連絡。誘導してもらい、やっと会場着。

 なんと開会から二〇分も遅れ、歩いた歩数がその日だけで24000歩になっていた。
 正に大都会の中の彷徨劇である。

(宴盛り上がる)
 6月末の忙しい中、集まった方々、すべてソフトテニスチャレンジの実行委員。自然、そのイベントの総括と反省、今後の方向付けなどが話題だった。インターネットの威力、影響力に驚いた私であるが、十分にほぼ成功と言えるものの、不充分な点はきちんと総括しておかねばならないだろう。

 高知にも行きたい。ぴーさんのプレーも観てみたい。
 
(人、多し、人、人、さらに人)
 午後10時の新宿は、人間だらけである。飲み屋、居酒屋、皆満員。2次会は会場確保にたいへんである。やっと見つけた店にいる。
 ふだん飲まない私だが、ビールは飲めた。気の合う仲間とのくったくない話題(でもないか)、いい気分で新宿駅で解散。すばらしい夜だった。 
 
 つづく
【2008/07/05 16:13】 | 刺激的な日常生活 | トラックバック(0) | コメント(3)
東京3日間その2 ある人との出会い
080627東京 005宮部さん



(出会いこそ人生)
 20年前から、郷里出身で東京で活躍するこんな人がいる、と言うことは知っていた。会ってみたいものだ、とは思っていたが、会う必然性というか、口実というかそんなものがない。
 
 数年前、上京したおり、その人の組織の後輩に当たる人に出会う。「彼は熊本出身なのか、知らなかった。ぜひ会って帰りなさい。世話するよ。」と、その人への賛辞を述べていた。

 時過ぎて、ついにチャンスは来た。その人の出身小学校の勤務となった。また高校の先輩にも当たり、ぜひ高校存続問題の話をしたかった。

 実現の2ヶ月前から、前述の後輩に当たる人と連絡をとると、熱心に話を進めてくれた。その熱心さが、何か暖かく、目当てのその人の人格を垣間見るようだった。


(田町駅)
 さて27日午後、今夜のねぐらを代々木の息子宅に確保した私は移動する。代々木公園をぶらぶらと突っ切って歩く。途中、「原宿駅はこの方向ですか?」と散歩中の女性に聞いた。  
 広々とした公園、テレビニュースなどで見ることはあったが、初めての通過。ジャンベの演奏も聴いて、これが都会だなぁ、と思う。一流の演奏をただで聞いてしまった。

 田町駅改札前で待つ、という仲介の労を取ってくれた人に、こちらオレンジのポロシャツ、オレンジの帽子と告げる。「50mはなれていてもわかるよ。」と笑って迎えてくれた。握手握手!名刺交換。九州土産の贈呈。

(出会い)
 会見場(おおげさな)へ行くと、大きな何かの会館のロビーにその人はいた。小柄な老人、つえをつき正に80歳前の普通の人だった。立ち上がってこちらを向く。つえを持った手を上げて嬉しそうに光る目で私を見た。近寄る私。私の顔も自然ほころんでいた。いや、ニコニコしていたと言うべきか。

 上がってしまうかな、と予想していたが、もう年の功、自然体で話にいることが出来た。落ち着いている自分がアレと思うくらい、自然だったような気がする。


(お土産)

 昭和31年に制定された我が勤務校の校歌の作詞作曲家(学校のすぐ近くに住んでいた人)の自筆の楽譜のコピー。それに博多の明太子セット。

 校歌コンクールがあれば、なかなかいい賞を取るのではないか、と言う、今まで出会った校歌で一番好きな歌である。「咲きほこる」とい副題の付いた歌、その中の一節、「五〇〇のいのち、五〇〇にのびる」というところがあるが、ここが一番好きなところである。(ちなみに現在は児童数120名)

 喫茶店に場所を移し、話を続けた。聞いた。

 あっという間に予定の時間は過ぎた。実は検査入院中の病院をぬけだして来たと言う人に無理は禁物と、別れの時間が来た。

 「10月に出てこい。そのころは元気になっているから、いっしょに酒を飲もう。」

 ありがたい言葉だった。

 つづく。  



 
【2008/07/05 08:06】 | 刺激的な日常生活 | トラックバック(0) | コメント(0)
東京行き3日間その1
080627じゃんべ

 画像は6/27代々木公園午後の風景。許可を得て撮った。ジャンベという太鼓の見事な演奏。実は習いたいと思っている、、、。時間があったので30分聞き入った。お二人ありがとう。

 (家さがし)
 23歳になる息子は板橋からアパートを代々木公園近くに引っ越したというので、家探し。
 カギはさるところにおいておくとのこと。果たして見つけることが出来るか。ヤフーの地図検索で探し、地下鉄千代田線、代々木公園駅下車。さあ西も東もわからない。

 地図を見てもらって、駅前のお店で、聞くと、この方向でよいとのこと。やがて目印のお寺の前通過。番地が一つ違いまで来て、見つからない。おかしいと思っていると、小さな入り口からなにやら小径がある。たどっていくと2階建ての古い古いアパート発見。

(足の踏み場もない)
 引っ越したばかりで荷物の片づけもすんでないような感じです。やれやれ、このままで2ヶ月のニューヨーク修業に出かけた息子さん。テレビの余熱スイッチも入ったまま。冷蔵庫も動いている。
 今夜の宿なので片付けるが、やっと1畳分隙間が出来た。

 



報告が遅くなりました。皆様ぼちぼちレポートしてゆきます。今夜はこの辺で。すみません。 


 





【2008/07/03 23:53】 | 刺激的な日常生活 | トラックバック(0) | コメント(0)
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